源平の桜から南国の香りへ馳せる思い
2026/04/09
サロンの近くで、一本の木に白と赤の花が混ざり合って咲く、不思議な桜に出会いました。
「源平咲き」と呼ばれる桜です。
今も運動会や歌合戦で「紅白」に分かれるように、「赤と白=対決」という感覚は日本人にすっかり根づいていますよね。
その起源は、源氏と平氏が雌雄を決した合戦(1180〜1185年)にあるといわれています。
平安末期の武士たちが掲げた旗の色が、遠い時を越えて桜の花びらとなって語り継がれている・・・ロマンがあるって思いませんか?
ところで、この源平合戦を「香り」という視点から眺めてみると、教科書には載っていない、もう一つの物語が見えてきます。
当時、文化的な「雅(みやび)」の頂点に立っていたのは、平清盛率いる平氏一門でした。
源氏が東国で武芸に磨きをかけていたころ、清盛はすでに現代でいう「グローバルなトレンドセッター」。
その象徴が、日宋貿易によって手に入れた海外からの香料でした。
沈香、白檀、丁子(クローブ)……。宋の商人たちが運んできたこれらの「南国の香り」は、極めて高価なもの。
清盛は神戸の「大輪田泊」を整備し、自ら貿易を主導することで、最高級品を独占的に手に入れました。
彼にとってお香は、部屋を香らせるためだけのものではなく、大陸とのつながりを誇示する「権力の証」でもあったのです。
そんな清盛と香りにまつわる伝説のひとつが、正倉院の名香「蘭奢待(らんじゃたい)」のエピソード。
1171年、清盛はこの天下の香木を権力によって切り取らせたと伝えられています。
後の織田信長や明治天皇も同じことをしていますが、清盛はその先陣を切っていたのですね。
けれど、清盛の香りへの情熱は、権力の誇示だけにとどまりませんでした。
彼が生涯をかけて愛した広島県の「厳島神社」には、今も彼が奉納したとされる香木の断片が伝わっています。
豪華絢爛な「平家納経」とともに、最高級の香りを神に捧げた清盛。
そこには、武将としての顔とは別の、美を愛し神仏と向き合った文化人の姿が浮かびます。
一本の源平桜が、遠い平安の記憶と、香りの物語へと誘ってくれる——春は、そんな豊かな出会いに満ちていますね。
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