青のものがたり

奇跡の青いバラ

「青いバラ」というのは、昔、不可能の代名詞でした。
自然交配を繰り返しても、もともとその遺伝子を持たないため、決してできないものだったのです。
ところが、その奇跡をサントリーと豪州企業が共同研究の末、作り出すことに成功しました。

バラにパンジーの青色遺伝子を組み込むという、いわゆる遺伝子組み換えによって成し遂げることができたのです。
2009年より販売されるようになったこの青いバラの花言葉が
「夢かなう」

というのも頷けますね。

 

絵画においても、青を表現するのは貴重な鉱石でした。
特に西洋画において、マリア様の色とされる青は、ラピスラズリでしか出せない青。
ラピスラズリは、貴重な宝石です。

日本では瑠璃(るり)と呼ばれ仏教の七宝のひとつとされています。
七宝とは、金(こん)・銀(ごん)・瑠璃(るり)・玻璃(はり)・硨磲(しゃこ)・珊瑚(さんご)・瑪瑙(めのう)の七つ。
特に瑠璃(るり)は、真言宗の開祖、空海が守護石としていたことでも有名です。

 

 

日本画における青は、アズライト

群青(ぐんじょう)と言われる岩絵の具が使われました。

上質なアズライトは、今も昔も貴重で高価なものだったので、採掘許可も取り扱い許可も、時の権力者であった織田信長や豊臣秀吉が握っていました。

江戸時代になり、中国を経て「ベロ藍」という色が入ってきたことで、事情は変わります。
浮世絵が、このベロ藍を使ったことで、青色が身近なものになりました。
加えて、江戸時代は着るものの素材が、絹・麻から木綿に変わった時代です。
藍は木綿と相性がよく、染まりやすいうえに防虫効果も期待され、瞬く間に広がりました。

   

 

藍色をジャパンブルーという表現で表したのは、イギリスの科学者アトキンソンです。

明治8年に政府の招へいでやってきた彼は、「藍の説」という文章に「日本に来て、全国いたるところで、藍色の衣装を見る」と書いていて、その藍色のことを、ジャパンブルーと記しています。

 

西洋では、マリア様の色と言われるほど貴重な色が、日本では庶民にとっても身近な色になっているというのは、とても驚きだったのではないでしょうか?

ゴッホやセザンヌなど西洋の画家たちの日本への憧れは、この青への憧れだったといえるのかもしれませんね。

 

 

 

よければ、「食べる青は、○○から作るらしい」も合わせてお読みください。

  
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

よく読まれている記事